商談の終盤、「何かお困りごとやご要望はありますか」と聞いて、「いえ、特にありません」と返ってくる。雰囲気は決して悪くなかったのに、持ち帰れた情報は何もない。それでも提案書の期日は来るので、結局こちらの想像だけで書くことになる——。システム受託開発会社の社長やエンジニアの方から、この話を本当によく聞きます。
ここで多くの方が「うちはヒアリングが下手だから」と自分のスキルの問題にしてしまいます。ですが、顧客に課題がなかったわけでも、こちらの質問の数が足りなかったわけでもありません。「特にありません」という言葉が出てくるのには、はっきりした構造上の理由があります。
顧客は「課題がない」のではなく、「言わない」と決めている
当社が運営するスクールで、必ずやってもらうワークがあります。まず「尊敬する人を3人、20秒で挙げてください」。ほとんどの人の手が止まります。次に「では、今この瞬間に脳裏によぎった人を3人、20秒で」。今度はすらすら出てきます。
差は記憶量ではありません。前者には「正解」があるからです。「この人を尊敬していると言って恥ずかしくないか」と、自分の中でジャッジが始まる。人は「これは正解か?」と自分でジャッジした瞬間に、発言をやめてしまいます。
商談も、まったく同じ構造です。「何かお困りごとはありますか」は、顧客にとってかなりの難問です。「これは課題と呼べるレベルなのか」「こんなことを言ったら、社内の管理ができていないと思われないか」「うっかり言ったら高い提案をされるのではないか」。この判断が頭をよぎった瞬間に出てくる安全な答えが、「特にありません」です。
やっかいなのは、その先です。人は「特にありません」と口に出すと、自分の脳もそう認識してしまいます。プライベートで「何食べたい?」「何でもいいよ」を繰り返しているうちに、本当に何も食べたくなくなるのと同じことです。初回の商談で「特にありません」と言わせてしまうと、2回目以降はもっと出てこなくなります。
公平のために書き添えると、「特にありません」が文字通りの本音であることもあります。こちらの提供できるものと相手のニーズがそもそも重なっていなければ、どれだけ質問を磨いても課題は出てきません。それはヒアリングの問題ではなく、商談相手の選び方の問題です。この記事で扱うのは、ニーズがありそうなのに、言葉が出てこない場面のほうです。
その場合、聞き出せなかったのは顧客の問題ではなく、こちらの質問の設計の問題です。以下、実際に当社の提案人材がやっていることを3つに絞ってご紹介します。
提案ヒアリングのコツ① 「正解のない質問」に置き換える
一番簡単で、一番効果があるのがこれです。顧客に評価を求める質問をやめて、記憶を求める質問に変えるだけです。
質問の言い換え例
-
× 何かお困りごとはありますか
○ 直近1か月で、「またこれか」と思った出来事はどんなことでしたか -
× 3年後のあるべき姿をお聞かせください
○ 今のやり方が来年もこのまま続くとしたら、一番しんどいのはどこですか -
× システム化のご要望はありますか
○ その作業、直近だと誰がどのくらいの時間をかけていましたか
右側の質問には、正解も不正解もありません。思い出して答えるだけなので、顧客はジャッジをする必要がなく、言葉が出てきます。
実際、私は商談で「悩み」「課題」という言葉をほとんど使いません。悩みとして自覚できていないものを「お悩みは何ですか」と聞かれても、答えようがないからです。代わりに「今、新しくチャレンジしようとしていることはありますか」と聞きます。人は、うまくいっていないことを知られたくない生き物です。だから、すでに手を付けてつまずいていることでも、「これからやろうとしていること」となら体裁を保ったまま話せる。前向きな言葉に載せ替えるだけで、同じ中身が驚くほど出てきます。
かく言う私も、油断すると「何かお困りごとはありますか」型の質問に戻ってしまい、30分の面談で何も引き出せないことがあります。質問の設計は、それくらい意識しないと崩れるものです。
もう一つ大事なのが、理想や現状を掘る質問は最低限にとどめることです。明確な理想を持っている経営者は、こちらが聞かなくても自分から話し始めます。ジャブを2〜3回打って出てこなければ、それ以上は掘らない。数値化を求めるような理詰めの質問は、相手がロジカルに話す方だと分かってからにする。感情で話す方に数字を詰めると、それだけで嫌われて終わります。
そもそも顧客の多くは、日々の不満や苦労をただ聞いてほしいと思っています。遮らずに聞き切ると、情報が集まるだけでなく「この人はちゃんと聞いてくれた」という信頼の土台ができます。ヒアリングの成否は、こちらが何を聞けたかではなく、顧客がどれだけ話し切れたかで決まります。ただし、聞き切るといっても、黙って相槌を打ち続けることではありません。記録はメモに任せて、頭は「次にどの仮説を当てるか」の組み立てに使う——これが次のコツにつながります。
最近も、こんな場面がありました。ある会社の事務スタッフの方から、レシートを読み取る自作ツールがうまく動かない、と相談を受けたときのこと。既存のサービスで解決できそうだと分かると、その方はこう言いました。「どちらが効率的か検討してみて、お願いする場合はまた声をかけます」——実質、ここで相談は終了です。私はそこで、一つだけ質問しました。「そもそも、レシートを読み取って何に使いたいんでしたっけ?」。出てきたのは、毎月数時間かけて手作業で精算資料を作っている、という業務の全体像でした。さらに「集計だけでなく、資料まで自動で出来上がったほうが便利ではないですか」と仮説を重ねると、返ってきた言葉は「それは最高です」。閉じかけた相談が、業務全体の自動化案件に変わった瞬間です。
提案ヒアリングのコツ② 聞く前に「仮説」を用意しておく
要件が引き出せないとき、多くの人は質問を増やそうとします。ですが質問を増やすほど、顧客は尋問されている気分になり、口はさらに重くなります。増やすべきなのは質問ではなく、商談前に用意しておく仮説です。
プロのサッカーコーチは、選手が少し走るのを見ただけで弱点が分かります。それと同じで、会社の規模・創業年数・組織の体制・出てきた資料・社長の話し方を見れば、その会社の現状も理想も、事前にある程度は描けます。
その上で、こう当てにいきます。「御社の場合、受注が決まってから設計に入るまでのところで、毎回同じ確認が発生していませんか」。
当たれば「なんで分かったんですか」となり、信頼は一気に跳ね上がります。そして外れても損はありません。外れた瞬間に、顧客のほうから「いえ、そこではなくて実は……」と正解を教えてくれるからです。仮説は、当てるためだけでなく、相手に訂正させるために出すものだと考えてください。
この「訂正させる」は、質問だけでなく数字にも使えます。ある会社の管理部門の効率化案件で、私は業務一覧の全項目に工数の数字を入れて商談に臨みました。ただし、数字は一つも顧客に聞いていません。「この処理が1日10件で、1件あたり数分かかるとすると、年間ではこれくらいの損失になりそうです」と、全てこちらの仮説で埋めていくのです。「工数はどれくらいですか」とゼロから聞かれて答えられない人でも、目の前に置かれた数字の間違いなら正せます。仮説とは、顧客が答えられない質問を、顧客が訂正できる形に変換する道具です。
加えてもう一手。顧客の業務の流れを最初から最後まで並べて書き出し、顧客が一度も触れなかった箇所を指して「ここについては、特に問題は起きていませんか」と聞きます。人は、聞かれなかったことは話しません。抜けているところは、こちらから当てにいく必要があります。
ただし、仮説には条件が2つあります。一つ目、訂正が返ってくるのは相手にニーズがあるときだけです。ニーズのない相手は、仮説を外されても無言のままです(その沈黙は、前述の「商談相手の選び方の問題」のサインでもあります)。二つ目、仮説は「こうだったら嬉しいはず」という願望ではなく、会社の規模・体制・業務の流れといった事実に根拠を置くこと。根拠のない仮説はただの当てずっぽうで、外したときに信頼を削ります。
それでも言葉にならないときの最終手段は、現物です。実際の帳票を見せてもらう、画面を共有して普段の操作をそのまま見せてもらう。「なんて言えばいいんだろう」で止まってしまう言語化の限界は、質問ではなく物で越えるのが一番早い方法です。
提案ヒアリングのコツ③ 聞きづらいことは、遠慮せずに「配慮」して聞く
一番の本音は、たいてい一番聞きづらいところにあります。ここを避けたまま書いた提案書は、どれだけ丁寧に作っても的を外します。
ここで区別しておきたいのが、遠慮と配慮です。「慮」は、おもんばかること。その心を遠ざけるのが遠慮で、相手に配るのが配慮です。嫌われないために言わない・聞かないのが遠慮、相手の立場を考えた上で言う・聞くのが配慮。商談でチャンスを失うのは、たいてい遠慮のほうです。
やり方はシンプルで、前置きを置くだけです。
「気を悪くされたら申し訳ないのですが、御社のご要望を正しく理解したいので、あえて聞きづらいことをお聞きしてもよろしいでしょうか」
あるDX支援の案件で、フェーズ1が終わってから初めて全体構想の話が出てきたことがありました。この前置きをした上で「なぜフェーズ1の時点で、全体像のご要望をお伝えいただけなかったのでしょうか」と聞いたところ、返ってきたのは「フェーズ1は、御社に任せて大丈夫かを見極めるためのお試しでした」という言葉でした。ここまで出てきて、ようやく本当の提案ができる状態になります。
前置きがあると、踏み込んだ質問は「失礼」ではなく「本気」として伝わります。前置きの型は一つではありません。論点が曖昧なまま進んでいる打ち合わせなら「ちょっと私の理解が追いついておらず申し訳ないのですが、一つ確認させてください」と自分を下げる前置きも有効です。誰も傷つけずに、前提を確認する質問が通ります。
なお、この前置きの技術が特に必要なのは、初対面や関係の浅い商談です。関係ができた相手には、むしろ「それは正直、難しいと思います」と率直に言い切ることのほうが、配慮として機能します。取り繕った同意より、正直な見立てのほうが相手の意思決定に役立つからです。
「要件が引き出せない」のは、質問力ではなく設計の問題
次の商談の前に、この5つだけ確認してみてください。
商談前のヒアリング設計チェック
- 1顧客に「正解探し」をさせる質問になっていないか
- 2商談前に、現状と理想の仮説を書き出してから臨んでいるか
- 3顧客が一度も触れなかった業務プロセスに、質問を向けたか
- 4一番聞きづらいことを、前置きを添えて聞いたか
- 5顧客が「話し足りない」まま終わっていないか
最後に、私の印象に残っているやり取りを一つ。ある施設で、現金でお金を預かる業務のデジタル化を相談されていたときのことです。読み取りの自動化か、台帳のシステム化か——手段の議論が続いた末に、私はふと聞きました。「そもそも、これを口座引き落としにするのは、なぜダメなんでしょうか?」。担当者の答えは、「考えたことがないだけで、いけないことはないと思います」。案件は「現金管理の効率化」から「現金管理そのものの廃止」へ、根本から変わりました。
顧客は、要望を隠していたわけではありません。その選択肢があること自体を、考えたことがなかったのです。「特にありません」の裏には、こういう本音が眠っています。
提案の勝敗は、提案書を書き始める前——ヒアリングの席で、ほぼ決まっています。当社が決裁者への提案で高い受注率を保てている理由も、資料の作り込みより手前にあります(なぜ「提案力が高い」と言われるのか——決裁者に刺さる提案をつくる3つの理由)。逆に、ヒアリングが浅いまま提案に進むと、価格しか比較材料が残らず、値引き勝負に引きずり込まれます(「他社さんはもっと安い」と言われたら——価格勝負から抜け出す“透明な見積もり”の出し方)。
次の商談で「特にありません」と言われたら、それは顧客に情報がなかったのではなく、本音を出しても大丈夫な状態を、こちらがまだ作れていなかったサインだと考えてみてください。そう捉え直すだけで、次に打つ手は必ず見つかります。