「現状の業務には多くの非効率が存在し、ミスも頻発しています。本システムの導入により、業務時間を大幅に削減できます」——システム受託開発会社の提案書のレビューをしていると、何度もこの種の文章に出会います。そして経験上、この文章が入った提案書は、高い確率で通りません。
書いた本人に、嘘を書いたつもりはないはずです。現場を見て、本当にそう感じたのでしょう。それでも通らない。内容が間違っているからではありません。この文章のほとんどが「解釈」でできているからです。
——ところで、いま私自身が「多くの」「高い確率で」という言葉を使いました。これがまさに、今回の主役である「解釈」です。
この記事では、私が提案書のレビューで最初に見る一点——事実と解釈の仕分け——について書きます。地味な話ですが、提案書の説得力は、デザインや文章の上手さより先に、ここで決まります。
提案書に説得力が出ない、たった一つの理由
事実の定義から始めさせてください。私は、事実を「人によって認識が変わらないもの」と定義しています。「新幹線は速い」は事実ではありません。飛行機と比べれば遅い、と言う人もいるからです。「東海道新幹線の『のぞみ』の最高速度は時速285キロ」なら、誰が聞いても認識は変わらない。これが事実です。
同じように、「業務が非効率」「ミスが頻発」「大幅に削減」は、すべて解釈です。書き手がそう感じた、という感想の域を出ていません。
解釈が悪いわけではありません。問題は、解釈が伝わるかどうかは、話し手への信用で決まるという点です。長年の付き合いがある相手なら、「あの人が非効率と言うなら、相当なのだろう」と受け取ってもらえます。ところが提案書の最終的な読み手は、あなたがまだ会ったことのない決裁者です。会ったことのない相手に、信用の残高はありません。信用ゼロの相手に解釈を差し出しても、割り引かれて終わります。
事実は違います。「直近3か月で入力ミスが12件」という一文は、書き手を信用していなくても成立します。信用ゼロの相手に、言葉で効くのは事実だけです。だから、会ったことのない人を動かさなければならない提案書は、事実で書くしかないのです。
事実と解釈を分ける——報告が変わると、提案書も変わる
当社が運営するスクールでは、ロジカルシンキングの入り口でこの「事実と解釈」を扱います。講義で使っている例をひとつ紹介します。ホテルの新人スタッフが、上司にこう報告してきたとします。
「302号室のお客様が、めっちゃ怒ってます。すごくやばいです」
上司は、何を対処すればいいのか分かりません。「怒っている」「やばい」は、すべて報告者の解釈だからです。同じ場面を、事実と解釈に分けて報告するとこうなります。
事実と解釈を分けた報告
- ①まず事実——「302号室のお客様から、お湯が出ず冷蔵庫もつかないという連絡がありました。確認したところ、間違いありませんでした」
- ②次に解釈——「ここからは私の所感ですが、口調は穏やかで、声を荒げる方ではないと感じました。ただ、機嫌は良くないように見受けられました」
対処すべき事実(設備の故障)と、対応の温度を決める所感(怒りの度合い)が、それぞれ使える情報になりました。ポイントは、解釈を消したのではなく、「ここからは私の所感ですが」というラベルを付けて分けたことです。
私は新人時代、ニュースを背中で聞きながら議事録を取り、内容を事実と解釈に仕分ける練習をしていました。地味な訓練でしたが、これが後になって、提案書を書く力にそのまま化けました。提案書とは、突き詰めれば「会ったことのない人への報告書」だからです。
提案書の書き方のコツ① 現状分析から、形容詞を抜く
提案書の前半には、たいてい「現状の課題」というページがあります。ここが解釈で書かれていると、提案全体が解釈の上に建つことになります。まず、自分の書いた現状分析から、あいまいな言葉を探してみてください。「多い」「非効率」「複雑」「属人化」「頻発」。見つけたら、それぞれに質問をぶつけます。
曖昧な言葉を事実に変える3つの質問
- ①頻度——「よく起きる」→ 月に何回起きていますか
- ②件数——「ミスが多い」→ 直近3か月で、何件中何件でしたか
- ③時間・金額——「負担が大きい」→ 毎月何時間かかっていますか。金額にするといくらですか
実際の支援の現場でも、私はこの質問ばかりしています。「その作業は月に何回ありますか」「全体の何割がそのケースですか」。数字で答えが返ってくれば、それがそのまま提案書に書ける事実になります。返ってこなければ、「まだ事実を握れていない」ことが分かる。どちらに転んでも前に進みます。
注意したいのは、顧客の言葉にも解釈が混ざっているという点です。ヒアリングで「ミスが多くて困っている」と言われたとき、それをそのまま提案書に書き写すと、解釈の又貸しになります。「多い」とは月に何件なのか。どの工程で起きるのか。事実まで降りてから書く。顧客の本音を引き出す方法は提案ヒアリングのコツ3つ——顧客の課題を聞き出し「特にご要望はありません」で終わらせないに書きましたが、引き出した言葉を事実と解釈に仕分ける工程が、実はそのあとにもうひとつあるのです。
もうひとつ。「お客様はこの機能を求めています」と書く前に、それを何人に確認したかを思い出してください。新規事業のご相談を受けるとき、私は「その悩みを持っている方は、何人いましたか」と必ず聞きます。答えが一人だけだった、ということは珍しくありません。ニーズが、事実ではなく願望であることは本当に多い。一人の声は貴重な事実ですが、それは「一人がそう言った」という事実であって、「みんなが困っている」という事実ではないのです。
数字は、ときに自分にも痛い事実を突きつけてきます。以前、新しいサービスのテスト営業で、2か月かけて60人にお会いしたことがあります。結果、受注はゼロ。手応えを感じた商談もあったのですが、「手応え」は解釈で、「60分の0」が事実です。私はこの数字を見て、サービスの提供先を変える決断ができました。事実は、痛い分だけ早く助けてくれます。提案書を事実で書くことは、顧客を説得する前に、自分の提案の弱点をいちばん早く見つけることでもあるのです。
提案書の書き方のコツ② 効果は、計算式ごと書く
「業務時間を大幅に削減できます」。この「大幅」という言葉に、情報はほとんどありません。読む人によって、3割を想像する人も1割を想像する人もいる——つまり「人によって認識が変わる」、解釈の典型です。
効果は、結論の数字だけでなく計算式ごと書きます。
対象業務は月40時間(御社ヒアリングより)。うち自動化できる範囲は約7割(我々の仮説)。したがって削減は月28時間。担当者の人件費で換算すると、年間およそ○○万円に相当します。
式で書く理由は2つあります。第一に、決裁者が自分で検算できるからです。検算できる数字は、書き手への信用がなくても成立します。第二に、前提のどこが違うかを議論できるからです。「7割は多すぎないか」と言われたら、そこだけ直せばいい。結論の数字だけを書いた提案書は、一箇所疑われた瞬間に全体が崩れます。
以前の記事で、費用対効果はこちらで計算せず、顧客に語ってもらうべきだと書きました(社内稟議を通す提案書の書き方——担当者は前向きなのに決裁が下りない理由)。矛盾するようですが、関係は単純です。起点の数字——月40時間——は、顧客の口から出た事実を使う。こちらが足していいのは、計算の過程と「ここからは仮説」というラベルだけ。決裁の場で効かないのは、起点の数字から想像で埋めてしまった、ベンダー製の費用対効果のことです。
数字が手に入らないときは、仮説の数字を使って構いません。ただし、必ず「仮説」と書きます。先ほどの例でも「御社ヒアリングより」と「我々の仮説」を分けて書いていました。どこまでが確認済みの事実で、どこからが仮説か。この線が引いてあれば、仮説は嘘ではなく、議論の出発点になります。一番危険なのは、仮説を事実の顔で書くことです。契約後に「話が違う」ともめる案件の多くは、ここから始まっています。同じ線を見積書の前提条件に引く方法は、システム開発の概算見積もりの出し方——要件定義前に「前提条件」を置く3つのコツに書きました。
同じ理由で、私は実現性についても「できます」を安売りしません。検証が済んでいない技術は「未検証」と書きます。できるともできないとも言えない状態で提案をして、お金をいただくわけにはいかないからです。「できる・できない・未検証」の3つに仕分けられた提案書は、それだけで他社と違って見えます。世の中の提案書の多くが、「できます」一色だからです。
未検証と書いたら不利になるのでは、と感じるかもしれません。ですが私が「未検証」と書くときは、いつ・どうやって検証するかを必ずセットで書きます。検証の段取りまで書かれた「未検証」は、根拠のない「できます」より強い。少なくとも、読み手の不安を残したまま決裁の場に進ませることはありません。
提案書の書き方のコツ③ 見立ては「見立て」と書いて、堂々と載せる
ここまで読むと、「解釈は書くな」という話に聞こえるかもしれません。逆です。解釈は、ラベルさえ付ければ提案書の武器になります。
事実だけの提案書は、正確ですが、様子が伝わりません。ホテルの報告と同じで、所感のない報告は、かえって対応を誤らせます。数字を並べたあとに、こう書くのです。「ここからは、御社の状況を拝見した私たちの見立てです」。
プロの見立てには、それ自体に価値があります。事実を並べたうえで「この業務の詰まりの本当の原因は、システムではなく引き継ぎの仕組みにあると見ています」とまで書ける会社と、事実を並べて終わる会社。選ばれるのは前者です。顧客がお金を払っているのは、事実の収集力ではなく、事実の上に立てた見立てに対してだからです。
大事なのは順番と線引きです。見立てが先で事実が後だと、こじつけに見えます。事実が先、見立てが後。そして、どこまでが事実でどこからが見立てか、線が引いてある。この線が、読み手の中で「この提案書は信用できる」という感覚に変わります。「それってあなたの感想ですよね」という言葉が流行って以来、感想は分の悪いものになりましたが、私はスクールで毎回こう伝えています。感想は、めちゃくちゃ大事です。ラベルの付いていない感想が、まずいだけです。
まとめ:提案書を出す前の5つのチェック
最後に、提案書を送る前のチェックリストにまとめます。
説得力のある提案書チェック
- 1現状分析の「多い・非効率・複雑」を、件数・時間・金額に置き換えたか
- 2「お客様は困っている」の根拠を、誰に・何人に確認したか言えるか
- 3効果を、結論の数字だけでなく計算式ごと書いたか。仮説には「仮説」と書いたか
- 4実現性を「できる・できない・未検証」に仕分けて書いたか
- 5見立てに「ここからは私たちの見立てです」の線を引いたか
事実で書くための材料は、提案書を書き始める前のヒアリングでしか手に入りません。そして、集めた事実を作業と工数のかたちで余さず開示するのが、価格勝負に巻き込まれない見積もりです(価格勝負から抜け出す見積もりの出し方——「他社さんはもっと安い」と言われたら)。私が決裁者への提案にこだわる理由は、提案力を高める3つの視点——決裁者に刺さる提案は何が違うのかに書きました。
提案書の説得力は、文章の上手さではありません。どこまでが事実で、どこからが解釈か。その線が引いてあるかどうかです。次の提案書では、まず現状分析の形容詞をひとつ、数字に変えてみてください。書き上がったものは、昨日までの提案書とは別物になっているはずです。
よくある質問
提案書に説得力がないのは、何が原因ですか
多くの場合、文章力ではなく、現状や効果が「解釈」で書かれていることが原因です。「非効率」「大幅に」といった形容は、書き手への信用がないと伝わりません。提案書の最終的な読み手は会ったことのない決裁者ですから、信用がなくても伝わる「事実」——件数・時間・金額——で書く必要があります。
顧客から数字をもらえない場合は、どう書けばよいですか
仮説の数字で構いません。ただし、必ず「仮説」と明記します。「この数字は御社からのヒアリング、こちらは我々の仮説です」と線を引いて書けば、仮説は議論の出発点として機能します。危険なのは仮説を事実の顔で書くことで、契約後の「話が違う」の多くはここから生まれます。
解釈や意見は、提案書に書いてはいけないのですか
書くべきです。ただし「ここからは私たちの見立てです」とラベルを付けて、事実と分けて書きます。事実を並べた上での見立てはプロの提供価値そのものであり、線を引いて書かれた見立ては、提案書の信用をむしろ高めます。
提案書は事実だけで書くべきですか
事実だけの提案書は様子が伝わらず、かえって判断を誤らせます。数字で骨格を作り、所感や見立てで肉付けする——両方が必要です。大事なのは混ぜないことで、どこまでが事実でどこからが所感かが分かれてさえいれば、熱のこもった文章を書いて問題ありません。
事実と解釈を分ける力は、どうやって鍛えればよいですか
日常の情報を仕分ける練習が効きます。ニュースや会議での発言を「事実」と「話し手の解釈」に分けてメモする。報告のときに「事実はこうです。ここからは所感ですが」と分けて話す。私自身は新人時代、ニュースを聞きながら議事録を取り、事実と解釈に仕分ける練習をしていました。続けるうちに、提案書にも自然に線が引けるようになります。