提案の準備をしていて、「まず与件を整理しよう」「与件が整理できていない」と言われたことはないでしょうか。与件整理は、広告やWeb制作、建築の設計などでよく使われる言葉です。システム開発の提案では「前提整理」「現状把握」などと呼ばれることもありますが、やっていることは同じです。
結論から書きます。与件整理とは、顧客から与えられた前提条件——目的、現状、制約、決め方——を、提案を組み立てる前に一枚にまとめ、顧客と認識を合わせる作業です。ポイントは、まとめるときに「確認済みの事実」と「まだ決まっていない仮説」を分けること。この記事では、与件の意味と要求・要件との違い、要件定義との違い、与件整理で押さえる7つの項目、やり方の3ステップを、そのまま使えるテンプレートと記載例つきで解説します。
与件とは?意味と、要求・要件との違い
与件(よけん)は、もともと「与えられた条件」という意味の言葉です。分野によって指す範囲には幅があり、広告の世界では顧客の要望まで含めて与件と呼ぶこともあります。この記事では、システム開発の提案に合わせて、次のように使い分けます。提案の場面では、顧客の側から与えられる前提——なぜ今これをやるのか、いまどうなっているのか、予算や期限はどうか、誰が決めるのか——を指します。与件整理とは、これらを提案の前提として整理することです。
似た言葉に「要求」と「要件」があります。三つを並べると、違いがはっきりします。
与件・要求・要件の違い
- 与件——顧客の側にもともとある前提条件。目的・背景・現状・予算・期限・体制など。例:予約電話の対応で受付スタッフの退職が続いている。来年4月までに何とかしたい
- 要求——顧客が「こうしたい」と望んでいること。手段の形で語られることが多い。例:予約をWebで受け付けたい
- 要件——要求を実現するために、システムが満たすべき条件として合意したもの。例:医院ごと・担当医ごとの予約枠を、受付担当者が画面から変更できること
順番で言えば、与件→要求→要件です。与件が分からないまま要求だけを聞くと、「Webで予約を受けたい」が本当に解くべき問題なのかを確かめられません。電話が鳴りやまない理由が、予約そのものではなく問い合わせだった、ということは十分ありえます。顧客の「こうしたい」は大事な情報ですが、それが与件から見て筋の通った手段かどうかを確かめるのが、提案する側の仕事です。
与件整理と要件定義の違い
もう一つ混同されやすいのが、要件定義です。違いは、やる時期と目的にあります。与件整理は契約前、提案を組み立てるための作業。要件定義は、本来は契約後に(あるいは要件定義だけを先に別契約にして)、作るものの条件を決める工程です。与件整理の段階で要件まで詰めようとすると、受注できなかったときにその工数を誰が持つのか、という問題が残ります。契約前は、決まっていないことを決まっていないまま、仮説として置いておけば十分です。この順番の考え方は、要件定義と見積もりはどっちが先?システム開発の概算見積もりの出し方と前提条件の書き方に書きました。
提案の前に与件整理が必要な3つの理由
与件整理を飛ばして、いきなり提案書や見積もりに取りかかると、たいてい次のどれかが起きます。
1つ目は、提案が的を外すこと。顧客の要求をどれだけ丁寧に形にしても、与件とずれていれば「そういうことではない」と言われて、全部が無駄になります。
2つ目は、見積もりの前提がぶれること。予算・期限・範囲・顧客側でやってもらう作業。こうした与件が整理されていないと、見積もりは何を前提に出したのか説明できない数字になります。前提のない数字は、他社と価格でしか比べられません(価格勝負から抜け出す見積もりの出し方——「他社さんはもっと安い」と言われたら)。
3つ目は、契約後に「話が違う」となること。聞いたつもり、伝えたつもりの与件が、文字になっていない。どこまでが確認済みで、どこからが推測だったのかが分からないまま進むと、行き違いが起きたときに確かめようがありません。与件を書いて、顧客と合わせておくことは、契約後の自分たちを守ることでもあります。
与件整理で押さえる7つの項目
システム開発の提案で、与件として整理しておきたい項目は次の7つです。案件によって増減はありますが、まずはこの7つを埋めることを目指してください。
与件整理の7項目
- ①目的・背景——なぜ今、これをやるのか。きっかけになった出来事は何か
- ②現状——いま業務はどう回っていて、何が起きているか。頻度・件数・時間・金額で書く
- ③ゴール——いつまでに、どうなっていたいか。何をもって「うまくいった」とするか
- ④制約——予算、期限、使い続けたい既存の仕組み。品質・費用・納期のどれを優先するか
- ⑤範囲——対象になる業務・部署・拠点。そして、対象にしないもの
- ⑥体制と決め方——窓口の担当者は誰か、決めるのは誰か、決裁の場はいつ開かれ、それまでに何を渡せばよいか
- ⑦まだ決まっていないこと——分からないこと、こちらで仮に置いたこと
見落とされやすいのは、⑥と⑦です。⑥の決め方が分かっていないと、担当者がどれだけ前向きでも、決裁の場に間に合わない提案になります。決裁の場の押さえ方は社内稟議を通す提案書の書き方——担当者は前向きなのに決裁が下りない理由に書きました。そして⑦は、空欄にしないことが大切です。「分からない」と書いてある与件整理は、何を確かめればよいかが一目で分かる、良い与件整理です。
与件整理のやり方(進め方3ステップ)
ステップ1 ヒアリングの前に、7項目を仮説で埋めておく
与件整理は、ヒアリングで聞いたことをまとめる作業だと思われがちです。ですが、白紙の状態で「目的は何ですか」「課題は何ですか」と聞いていくと、顧客は答えに詰まります。何を課題と呼べばいいのか、顧客自身もまだ言葉にできていないことが多いからです。
そこで、ヒアリングの前に、7項目をこちらの仮説で埋めておきます。たとえば②の現状なら「電話は1日100件前後では」、⑥の決め方なら「最後は経営トップの判断では」と、分かっている範囲から置いてみる。白紙の質問には答えにくくても、置かれた仮説を直すことならできます。仮説の置き方と当て方は提案ヒアリングのコツ3つ——顧客の課題を聞き出し「特にご要望はありません」で終わらせないで詳しく解説しています。
ステップ2 聞いた言葉を、事実と解釈に仕分けて書く
ヒアリングで「電話が多くて受付が回らない」と聞いたら、それをそのまま与件整理に書き写さないでください。「多い」「回らない」は解釈です。後の記載例の②のように「4医院合計で1日約180件」まで降りて、事実として書きます。その場で数字を詰める必要はありません。仮の数字に【仮説】の印を付けて置くか、⑦に回して、後日の記録をお願いすれば十分です。
顧客の言葉には、事実と解釈が混ざっています。それを仕分けずに与件にすると、解釈の上に提案を建てることになります。事実と解釈の分け方は、説得力のある提案書の書き方——「解釈」を抜き、「事実」で書くで解説しています。
ステップ3 与件整理シートを顧客に返して、訂正してもらう
整理した与件は、こちらの手元に置いておくだけでは半分しか役に立ちません。一枚のシートにして顧客に見せ、「この理解で合っていますか。違うところを直してください」と確認します。各項目には、確認済みの【事実】か、こちらで置いた【仮説】かの印を付けておきます。顧客が【仮説】を直してくれるたびに、与件は事実に置き換わっていきます。
この確認には、もう一つ効果があります。顧客自身が、自分たちの与件を初めて一枚で見ることになる、という点です。担当者が社内で説明するとき、そのシートがそのまま材料になります。認識が合った与件は、提案書の骨子の土台になり(提案書の構成・目次の作り方——骨子は「聞き手が次に何を思うか」の順に組む)、見積もりの前提条件になります。
与件整理シートのテンプレートと記載例
まず、そのまま使える空欄のテンプレートです。7項目を縦に並べ、それぞれに内容・印・確かめ方を書く欄を設けます。
与件整理シートのテンプレート
各項目に「内容」「印(【事実】/【仮説】/【未確認】)」「誰に・どう確かめるか」を書く
- 目的・背景:なぜ今やるのか/きっかけの出来事
- 現状:業務の流れと、起きていること(頻度・件数・時間・金額)
- ゴール:いつまでに、どうなっていたいか/成功の目安
- 制約:予算・期限・残す既存の仕組み/品質・費用・納期の優先順位
- 範囲:対象の業務・部署・拠点/対象外
- 体制と決め方:窓口/決裁者/決裁の場と時期/それまでに渡すもの
- まだ決まっていないこと:項目・確認先・確認方法・期限
これを埋めると、次のようになります。
与件整理シートの記載例(システム開発・架空の案件)
与件整理シートの記載例
歯科医院グループ(4医院・受付スタッフ12名)の予約受付の見直し/架空の例です。数値は案件ごとに置き直してください。
【事実】=ヒアリング・資料で確認済み/【仮説】=当社(提案する開発会社)で仮に置いたもの/【未確認】=これから確かめるもの。ご確認のうえ、ご訂正ください
① 目的・背景
受付スタッフの退職が続き、新しく入った人が電話予約の対応に慣れる前に辞めてしまう【事実】。電話対応の負担が退職の一因と見ている【仮説】
② 現状
電話は4医院合計で1日約180件【事実】(うち予約・変更・キャンセルの割合は【未確認】)。1件あたり平均3分、受付全体で1日約9時間【仮説】。予約は紙の台帳と既存の予約台帳ソフトの両方に記入している【事実】
③ ゴール
来年4月、新人が入る時期までに【事実】。予約の変更・キャンセルの電話を半分にする【仮説】(「半分」はゴールの目安として当社で置いた値)
④ 制約
電子カルテは使い続ける【事実】。優先順位は、納期(4月)>品質(受付業務を止めない)>費用【仮説】。予算の目安【未確認】
⑤ 範囲
対象:4医院の予約・変更・キャンセル【事実】。対象外:会計、訪問診療の予約【仮説】
⑥ 体制と決め方
窓口:グループ本部の受付リーダー【事実】。決裁者:理事長。決裁の場:月1回の院長会議(理事長が出席)【事実】。次回の日程と、それまでに渡す資料【未確認】
⑦ まだ決まっていないこと
- ・電話の内訳(予約・変更・キャンセル・問い合わせの比率)——各医院の受付で、1週間分の記録をお願いしたい
- ・患者の年齢層と、Webで予約できそうな人の割合——各医院の受付で、1週間分の来院者の年代を記録していただきたい
- ・予算の目安と、予算を組む時期——受付リーダー経由で理事長に確認
- ・次回の院長会議の日程と、それまでに渡す資料——受付リーダーに確認
- ・予約台帳ソフトと連携できるか——ソフトの提供会社に確認
記載例のポイントは3つです。1つ目は、【事実】【仮説】【未確認】の印を一項目ずつ付けていること。2つ目は、②の現状を「電話が多い」ではなく「1日約180件」と数字で書いていること。3つ目は、⑦に「誰に、どう確かめるか」まで書いていることです。⑦の一覧は、次の打ち合わせでそのまま使える確認リストになります。
この例で言えば、①の「電話対応の負担が退職の一因」は仮説で、まだ確かめていません。もし退職の理由が別のところにあれば、Web予約を入れても問題は解けない。仮説に印を付けておくのは、提案の前提がどこで崩れうるかを、自分たちにも見えるようにするためです。
まとめ:与件整理ができたかを確かめる5つのチェック
与件整理とは、顧客から与えられた前提条件を、提案の前に一枚にまとめて、顧客と認識を合わせる作業でした。7項目を仮説で埋めてから聞く(ステップ1)、事実と解釈に仕分けて書く(ステップ2)、シートを顧客に返して訂正してもらう(ステップ3)。この順で進めれば、提案書も見積もりも、確かな前提の上に組み立てられます。
与件整理のチェック
- 1顧客の要求(こうしたい)だけでなく、その手前の与件(なぜ今・いまどうなっているか)を書いたか
- 2現状を、頻度・件数・時間・金額の事実で書いたか
- 3決める人と、決裁の場がいつ開かれるかを書いたか
- 4一項目ずつ【事実】【仮説】【未確認】の印を付け、まだ決まっていないことを空欄にせず書いたか
- 5シートを顧客に見せて、訂正してもらったか
「与件が整理されていない」と言われたときに足りないのは、たいてい情報の量ではありません。分かっていることと分かっていないことの、線引きです。次の提案の前に、7つの項目を一枚に並べて、印を付けるところから始めてみてください。
よくある質問
与件とはどういう意味ですか
与件(よけん)は「与えられた条件」という意味で、提案の場面では、顧客の側から与えられる前提条件を指します。目的・背景、現状、ゴール、予算や期限などの制約、対象範囲、体制と決め方が主な中身です。システム開発の提案では、顧客が「こうしたい」と望む要求や、システムが満たすべき条件として合意する要件と区別して使うと整理しやすくなります。
与件と要件の違いは何ですか
与件は顧客の側にもともとある前提条件で、要件は、要求を実現するためにシステムが満たすべき条件として合意したものです。順番は、与件→要求→要件です。与件が分からないまま要件を決めると、本当に解くべき問題からずれたシステムになるおそれがあります。
与件整理と要件定義の違いは何ですか
与件整理は契約前に、提案を組み立てるために前提条件をまとめる作業です。要件定義は、本来は契約後に(あるいは要件定義だけを先に別契約にして)、作るものの条件を決める工程です。与件整理の段階では、決まっていないことは仮説として置いておけば十分で、要件まで詰める必要はありません。仮説の部分は、契約後の要件定義で一つずつ事実に置き換えていきます。
RFP(提案依頼書)がない場合、与件整理はどう進めればよいですか
RFPがない案件のほうが、むしろ与件整理の価値は大きくなります。顧客自身が前提を整理できていないことが多いからです。ヒアリングの前に7項目を仮説で埋め、ヒアリングで訂正してもらい、【事実】【仮説】【未確認】の印を付けた与件整理シートを顧客に返します。このシートが、顧客にとってはRFPの代わりになり、社内で説明する材料にもなります。
「与件が整理されていない」と言われたら、何から直せばよいですか
まず、書いてある内容を、確認済みの事実と、自分たちの推測に分けてみてください。多くの場合、足りないのは情報の量ではなく、その線引きです。次に、7項目のうち空いているところ、特に「決める人と決裁の場」と「まだ決まっていないこと」を確認します。分からないことは、分からないと書いてあるほうが、整理された与件です。